大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和55年(タ)364号 判決

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は、参加によつて生じた分を含め、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  昭和四一年一月八日付大阪市港区長に対する届出による原告と亡前田松太郎、亡前田モトとの協議離縁は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告補助参加人ら

1  原告の請求を棄却する。

2  原告と参加人との間に生じた訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告

1  原告は、昭和三三年八月二九日、訴外前田松太郎(以下、亡松太郎という。)、同前田モト(以下、亡モトという。)夫婦の養子になる旨の縁組の届出をした。

2  戸籍上、昭和四一年一月八日大阪市港区長に対する届出により、原告と亡松太郎、亡モト夫婦とは協議離縁したことになつている(以下、本件離縁という。)。

3  しかしながら、原告は右届出をしていない。

4  亡モトは昭和五三年一〇月二日、亡松太郎は昭和五五年一二月一四日それぞれ死亡した。

5  よつて、原告は、右協議離縁が無効であることの確認を求める。

二  被告

1  原告の主張1、2及び4の事実を認める。

2  同3の事実は不知。

三  被告補助参加人ら

1  原告の主張1、2の事実を認める。

2  同3の事実を否認する。

3  本件離縁の前提となる養子縁組は、昭和三三年八月二九日届出られたが、右縁組は原告不知の間になされたものである。従つて、本件離縁の効力を論ずる前にその前提となる養子縁組自体無効であるから、本訴請求は棄却されるべきである。

4  仮りに、右主張が認められないとしても、原告が、夫である訴外木村正博と結婚する際、この結婚に反対した亡松太郎夫婦が、原告に、養子縁組を解消しても結婚するのかと申し向けたのに対し、原告は、前田家とは縁を切りたい、私の方から離縁してほしいと回答して結婚したため本件離縁をすることになつたものであり、右離縁は原告の意思に基づくものである。

5  仮りに、右主張も認められないとしても、原告は、本件離縁届が出た直後、或いは、遅くとも本件離縁の事実の記載ある戸籍謄本を見た昭和五三年一〇月ないし昭和五四年ころまでには、本件離縁を追認した。

すなわち、本件離縁の前提となる養子縁組は、親子としての実体を形成するためのものでなく、原告が大和銀行へ就職するために便宜的な手段としてなされたもので、亡松太郎夫婦と原告との間には、親子としての生活事実は一切なかつた。かかる養子縁組であつたため、原告は、本件離縁届が出た直後に右届出を知らされ、或いは、昭和五三年一〇月二日亡モト死亡後に、本件離縁の記載のある戸籍謄本を取り寄せた際に、本件離縁を知つたが、遅くとも昭和五四年ころまでにはこれを追認したものであり、このことは、本件離縁後一四年間、原告は、本件離縁が無効であるとか、自分が養子であるとか主張したことは全くなく、もとより、何ら戸籍訂正の方法を講じることもせず、前記亡モト死亡により相続が開始したときも同様であり、亡松太郎死亡の際も、その葬式や初七日の席で補助参加人らが相続人である旨振舞つても何らの異議も述べず、客として終始していたことからも、明らかである。

第三  証拠(省略)

理由

一  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第二、第三号証、第七号証、丙第四、第五号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告の主張1、2及び4の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  前掲各証拠に、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる丙第二号証、原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第四号証、証人神野フジヱ、同神野顕文、同土谷雄次の各証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

1  原告は、原告の伯母夫婦である亡松太郎、亡モト夫婦に子がなかつたことから、原告が小学校一年生となつた昭和二一年ごろの夏から、右夫婦の養女として右夫婦と生活を共にし、昭和二七年八月二一日原告を右夫婦の養子とする旨の縁組届出がなされた。しかしながら、原告が中学校三年生となつた昭和三〇年ごろ、原告は右夫婦と別居して実母である訴外神野フジヱの許で生活するようになり、昭和三二年五月一五日、右夫婦と原告間の協議離縁の届出がなされた。

2  本件離縁の前提となる養子縁組は、原告の高校卒業後の就職に備えて、原告の実父が既に昭和一八年に死亡していたことから、片親だけでは就職が不利になることを懸念した亡松太郎の配慮によりなされたもので、原告の長兄である訴外神野顕文は右縁組を了解していたものの、当時一八歳の原告は、右縁組につき了解を求められたことはなく、その後、就職に際し取り寄せた戸籍謄本によつて右縁組の事実を知つた。従つて、右縁組後も、原告は、養親である亡松太郎、亡モト夫婦と同居したことはなく、高校卒業後最初に就職した株式会社大和銀行では、戸籍に従い、養親の氏である前田姓を名乗つていたけれども、その後勤めた東芝商事では、戸籍とは別の養子縁組前の氏である原告の実家の神野姓を名乗つており、また、右大和銀行に勤務中に知り合つた現在の夫である訴外木村正博とも、神野姓を名乗つて交際し、昭和四〇年七月三一日同人と婚姻の届出をしたが、その結納の授受は原告の実家で行なわれ、結婚式も神野家として行なわれ、亡松太郎、亡モト夫婦は、原告の伯母夫婦として右結婚式に出席したものの、亡松太郎の親族は誰も招待されなかつた。なお、亡松太郎、亡モト夫婦は、原告の結婚費用を負担するなど、原告に対する相当の経済的援助を与えているが、同様のことは原告の兄の訴外神野伸武に対してもなされており、右援助は原告だけに限られない。

三  右認定の事実によれば、本件離縁の前提となる養子縁組は、原告不知の間になされたもので、その届出は養子とされた原告の意思に基づかないうえ、養親とされた亡松太郎、亡モト夫婦においても、右縁組により、原告との間に真実養親子としての関係を設定しようとしたというよりは、原告の就職に益するようにとの便宜的手段として右縁組を結んだものであるから、いずれからしても、右縁組は、縁組意思を欠く無効のものといわざるをえず、その後の原告と亡松太郎、亡モト夫婦の関係に照らせば、右縁組が追認されたとも認め難い。

ところで、養子縁組に無効事由が存する場合、右縁組は当然に無効であつて、その旨の判決又は審判によつて始めて無効が確定するものではなく、従つて、右判決等を俟つまでもなく、いつでもその無効を主張できるものと解される。そうすると、仮りに本件離縁に原告主張の無効事由があるとしても、前記認定のとおり、右離縁の前提となる養子縁組がそれ自体無効である以上、右離縁が無効であるからといつて、養親子関係が有効に存続するわけでもないから、離縁自体の無効確認を求める法的利益はないものといわざるをえない。

四  よつて、本件訴は、訴の利益を欠くものとして不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例